知らなきゃ損!【成功者に学ぶ発達障害】~ウォルト・ディズニー~

ようこそ、ねむ。のCafeへ✨

このブログのマスター、ねむ。です!

 

 

今回は、”発達障害”を持っていて成功したウォルト・ディズニーさんについてにまとめてみました!

 

 

 

 

ねむ。
ねむ。
本名は
ウォルター・イライアス・ディズニー!

 

ウォルト・ディズニー Walt Disney

Wikipedia より引用

 

 

 

生い立ち

 

1901年の12月5日に、シカゴで第4子として生まれました。

本名はウォルター・イライアス・ディズニーです。

 

 

幼いときには家族で叔父のロバート・ディズニーの住んでいる

ミズリー州に引っ越し、農業を行っていました。

それによって、しばらくはミズリー州で過ごし、

父の農業が失敗したので数年後には家族で引っ越しをしました。

 

 

高校生になると新聞配達のアルバイトで4時30分に起床する毎日を送っていたそうです。

放課後にも再配達のバイトをしていて疲れたためか、

授業中には居眠りすることが多かったそうです。

 

 

東京ディズニーシー

 

 

主な活動

 

いうまでもなく、ウォルト・ディズニーさんといえばあの”ディズニー”の生みの親ですよね!

 

 

また、その”ディズニー”誕生のカギとなる”ミッキーの誕生”、これもディズニーの大きな実績です。

 

 

もともとは”モーティーマウス”という名前でオズワルドそっくりのキャラクターになる予定が、妻に

「”モーティファイ”という言葉は”悔しがる”・”恥をかく”という意味を持っていて、言い方が近い!」

という理由で猛反対されたので、名前が”ミッキーマウス”に変更されました。

 

 

また、もう1つ大きな成果が”ディズニーランドの作成”です。

オープンは1955年の7月17日ですが、1948年にはウォルトさんの頭の中では

ディズニーランドが建設されていたそうです。

 

 

ディズニーランドを作ろうと思ったのは、

大人も楽しめるテーマパーク”を作ろうと考えたからだそうです。

 

 

ディズニーランドを作る上でのもう1つの大切な思想があって、

それが”いつでも掃除が行き届いていて、おいしいものが食べられる”というものです。

いまでもこの考えがディズニーランドであるべき土台となっていて、ごみ1つ落ちていないように

 

 

掃除を徹底していて、ディズニーをイメージしたバリエーション豊富な食事が用意されています。

オープン時のスピーチでは、

私はディズニーランドが人々に幸福を与える場所、大人も子供も、

共に生命の驚異や冒険を体験し、楽しい思い出を作ってもらえる様な

場所であって欲しいと願っていますと語っていたそうです。

 

 

東京ディズニーシー

 

 

どのような影響をもたらしたのか

 

ディズニーさんに発達障害はどう影響したのでしょうか。

ディズニーさんの持っていたものは”失読症ディストレクシア)”というものでした。

 

 

人によって症状は違って字が歪んで見えたり、反転して見えたりするので、

文字通り字を認識するのが困難になるものです。

 

 

でもその反面、映像や立体をとらえるのが人1倍得意な人がほとんどでもあります。

ディズニーさんもそのうちの1人で、アニメーションなど、

芸術的な面を活かして活動していました。

 

 

 

なぜ成功したのか

 

成功の要因として考えられるのは、ディズニーの戦略にあります。

北欧やドイツなどの童話をモチーフにしたアニメーションの技術

いち早く取り入れた、という行動です。

 

 

そうすることでアメリカ以外の異文化の中で育った人々にも共通して受け入れられました。

 

 

私が思うに、誰もが理解しやすく見やすい”アニメーション技術”を取り入れたこと以外にも、

失読症特有の”映像・立体をとらえるのが得意”という長所を活かせたことも成功要因の1つだと思います。

 

 

要するに、”狙った戦略”と”長所を活かせた”というのが成功要因、だということです。

 

 

東京ディズニーシー

 

 

意外なエピソード・魅力

 

意外なエピソードが2つありました!

1つ目が、”アシスタントのストライキ”です。

 

 

優秀なアニメーターには優遇することもあった半面、アシスタントには

こんなことは誰にでもできる仕事やなんでお前なんかに

高い給料払わなあかんねん!!」という扱いで、安月給でこき使っていたそうです。

 

 

それがきっかけとなってアシスタントを中心にストライキを起こされた経験があるそうです。

知りたくはなかった、ショッキングなエピソードです。

 

 

2つ目の意外なエピソードが”こう見えて質素”ということです。

アニメも大人気でディズニーランドも大成功し順風満帆っぽいですが、

借り入れが多かったのであまり裕福な暮らしはしていなかったそうです。

 

 

また、倹約家だったため「家も車も人よりちょっといい」という生活レベルだったそうです。

このことに関しては想像と違っていて単純にビックリでした。

 

 

次に、”魅力”です。

私にとってのディズニーさんの魅力は”誰もが楽しめるディズニーランドを作ろうと考えた”ということです。

もちろん、実際にディズニーランドを作って実現させたという行動力も魅力の1つですが、

作ろうと考えたことの方が魅力を感じます。

 

 

キャラクター”というイメージを活かして”アトラクション”で楽しんでもらい、

おいしいご飯”で幸せを感じてもらう。

 

 

これが子どもだけをターゲットにしたものでも、大人だけをターゲットにしたわけでもなく、

誰もが楽しめる”という目標を立てていたので本当にすごいと思います。

 

 

誰もが楽しめる夢の国を作ろうと考えた

このことがディズニーさんの最大の魅力ではないでしょうか。

 

「北アルプスから見る天の川」の写真

 

 

💡まとめ

 

今回はミッキーの生みの親夢の国の創設者の、”ウォルト・ディズニー”さんについてまとめてみました。

 

 

初めて知ってもらえた情報があると嬉しいです!

私自身もでぃずにーさんの行動についてまとめていると、とてつもない魅力を知ることが出来ました!

 

 

また、私自身も将来経営者になりたいと考えていて、

世界中の人が幸せを感じられて、そして生きていきやすい社会を作りたい

と考えているので参考になりそうな考え方もありました。

 

 

それから、恥ずかしいことにディズニー映画を観たことが

あまりないので、あなたの方がっきっと詳しいと思います。

勉強したいので、もしよければディズニーでオススメの映画があったら教えてください

 

 

でわ、今回も最後までありがとうございました!

またのご来店お待ちしてます!

 

(画像タップでねむ。のCafeのトップ画面に移動します。)

 

🌙ねむ。☕🍰

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です